標準化と品質管理,Vol.63, No.4, 2010-03-15(発行予定)

IEC/TC100標準化活動への新規分野の導入

小町祐史 (大阪工業大学)

1. IEC/TC100とのかかわり

私は1980年代の後半からISO/IEC JTC1のSC18に参加していたが,1993年になって日本規格協会のIEC活動推進会議の中に,通商産業省(当時)の意向で設けられたマルチメディア調査研究委員会への参加を求められた。当初は画像電子学会のメンバとしての参加であったと記憶している。その委員会への参加が発端となり,その後の私とIECとの関わりが生じた。

マルチメディア調査研究委員会(後にマルチメディア国際標準化推進委員会)での議論に参加する過程で,ISO/IEC/ITUのOpen Session on Multimedia, Nice, Sept. 1994での講演[1]を依頼され,1995年にIEC/TC100(オーディオ,ビデオおよびマルチメディアのシステム/機器)が設立されて,TC100直下の最初のプロジェクトであるIEC/TC100 PT61998: Model and Framework for Standardization in Multimedia Equipment and Systems[2]のプロジェクトリーダに指名されることになった。この経緯については,文献[3]に実名入りで紹介されているので,ここでは重複を避ける。IECの設立に関しては,別の視点から文献[4]にも紹介されている。

IEC/TC100の設立に先立ち,IECシドニー総会において未来技術会長諮問委員会(PACT: President's Advisory Committee on future Technology)が設立され,IECで扱うマルチメディアの分野が議論された。この議論には,マルチメディア調査研究委員会からの寄与が大きかった。そこでの議論は,その後PACT Report[5]としてまとめられ,2000年10月にIEC中央事務局経由でIEC/TC100の戦略諮問委員会(AGS: Advisory Group on Strategy)に届けられ,以降AGSでIEC/TC100標準化活動への新規分野の導入を議論する際の重要なレファレンスとなった。PACT Reportの概要を付録1に示す。

2. AGS

AGSは,TC100の長期戦略の策定を目指して,TC100と共に1995年に設立された。IECにおけるマルチメディア技術分野のSector Boardsに位置付けられ,その活動はIECの標準管理評議会(SMB: Standardization Management Board)に報告される。

2.1 AGSのスコープ

2009年10月に部分的に改訂されたAGSのスコープは,次の4項目からなる。

2.2 AGSの活動とTC100の組織構成

TC100は幹事国をオランダとし,議長を日本の片岡氏として活動を開始した。1995年の総会でAGSの役割とメンバ構成とを議論して,米国からAGS議長を選出することを決め,AGSメンバはヨーロッパ,北米,アジアの3地域からの代表で構成されることになった。

2001年になってTC100幹事国がオランダから日本に変わったことに伴い,TC100議長にそれまでAGS議長を務めた米国のM. Hyman氏が選ばれ,AGS議長を私が務めることになった。AGSは年2回の会議開催を行っている。表1に,私が議長になってからのAGS会議を示す。

この間にAGSでの審議の結果,"効率的な規格開発を目指す組織"としてTA8〜TA12(TA: Technical Area,他のTCにおけるSCに相当する。)の設立がTC100に対して勧告され,承認された。その結果,現在のTC100は,図1に示す組織構成となっている。

表1 第11回以降のAGS会議開催

No.LocationDate and TimeAgendaMinutes
11Firenze Congress, Firenze, Italy2001-10-15, 9:00/12:30 100/AGS/58c 100/AGS/68
12JEITA, Tokyo, Japan2002-04-23, 14:00/17:30 100/AGS/70c 100/AGS/89
13Renaissance Stanford Court Hotel, San Francisco, US2002-10-14, 9:00/12:00 100/AGS/91c 100/AGS/104
14BSI, London, UK2003-11-05, 9:00/12:30 100/AGS/108 100/AGS/122
15Danish Standards Association, Charlottenlund, Denmark2004-05-18, 13:30/16:30 100/AGS/131a 100/AGS/153
16Lotte Hotel, Seoul, Korea2004-10-14, 10:00/16:00 100/AGS/154a 100/AGS/170
17IEC-APRC, Singapore2005-05-18, 10:00/16:00 100/AGS/171a 100/AGS/190
18Sony, San Jose, US2005-09-26, 13:30/17:30 100/AGS/191 100/AGS/209
19Sokos Hotel Presidentti, Helsinki, Finland 2006-05-10, 10:00/17:00 100/AGS/210 100/AGS/234
20Maritim Hotel, Berlin, Germany 2006-09-26, 9:00/12:30 100/AGS/235 100/AGS/253
21Polski Komitet Normalizacyjny, Warszawa, Poland 2007-05-16, 10:00/17:00 100/AGS/254 100/AGS/278
22Hotel Europe, Colmar, France 2007-10-08, 10:00/17:00 100/AGS/279 100/AGS/297
23Pathumwan Princess Hotel, Bangkok, Thailand 2008-04-23, 10:00/17:00 100/AGS/298 100/AGS/320
24WTC Hotel, Sao Paulo, Brazil 2008-11-17, 09:00/12:00 100/AGS/321 100/AGS/339
25CEA, Arlington, US 2009-05-20, 10:00/17:00 100/AGS/342 100/AGS/367
26Industry House, Tel Aviv, Israel 2009-10-18, 9:00/12:30 100/AGS/368 100/AGS/384

図1 現在のIEC/TC100の組織構成(TC100のWebより)

2.3 AGS会議の主要議題

(1) PACT課題

AGSはPACT Reportへの対応として, Response to the PACT Report[6]をまとめ, そこに含まれるPACT課題をAGS会議の議題に含めて,PACT Reportに従ったマルチメディア将来技術の標準化活動を推進してきた。Response to the PACT Reportの概要を付録2に示す。

(2) その他の新規課題

PACT Reportには扱われていない将来課題についても,メンバからの提案に応じて議論を行い,TC100のスコープに含めることが適切と判断された課題については,提案元に対して新作業課題(NP)としてTC100に提案し,投票にかけることを勧告してきた。

(3) 最近の動向

PACT解散後のAGSおよびTC100の進路を見定めるため,マルチメディア技術の標準化に対する利用者要求を検討するグループをAGSの中に設立するとを,2009年10月のAGS会議で決めた。さらに,1999年に発行されたIEC TR 61998 (Model and framework for standardization in multimedia equipment and systems)の内容を更新して新たにTC100 standardization modelを開発するためのNPの提出を勧告した。

3. 新TAの設立の経緯

TC100の標準化活動への新規分野の導入を検討するAGSでの活動の中で,日本からの提案であり,既に大きな成果をあげると共に今後もさらに多くの活動が期待される二つのTAに着目し,その設立の経緯を紹介する。新規分野を扱う新TAの設立のために,AGSでの合意をとりつつ関連するNPを連続的に提案し,複数の関連プロジェクトが成立した段階で新TAの提案を行う手法は,TA8設立以降の新TAの設立戦略にも利用されている。

3.1 TA8: マルチメディアホームサーバシステム

2000年10月のTC100の会議(Athens)において, 日本から次の文書が提案され,サーバ形放送に関する標準化の必要性が提示された。
 - 100B/24-1, Investigation report on home video server
TA6, TA7に再構成される前のTC100B(Audio, video and multimedia information storage systems)の関係者には,ソフトウェアをも含むこの技術をTC100Bのスコープ外とする意見が強かったが,オランダのvan Lierは, ソフトウェアをも含むサーバシステムの新しいTAを設立する必要性を主張していた。

電子情報技術産業協会(JEITA)は2000年からAV情報機器システム標準化研究会(AVIS)を設立(委員長: 小町)し, AGSでのTC100関連新技術検討への対応を行うと共に, 積極的な日本提案を行うことにした。2000年10月以降, AVISはサーバシステムの新TA設立への方向付けを明確にし, まず次の寄書を2000年10月のAGS会議に提出した。
  - Application program interface for UDF based optical disk file systems, Working Draft

次にAVISは次の文書を用意し, 2001年4月のAGS会議(Brussels)で小町がそのプレゼンを行った。
  - 100/AGS/53, Proposal for multimedia home system TA
  - 100/AGS/54, Home server conceptual model, Working Draft
このAGS会議では, これらの提案文書に基づく議論が行われ, サーバシステムを扱うTAの必要性に対するAGSとしての合意が得られると共に,次の2項目の確認が行われた。

2001年10月のAGS会議(Firenze)には,
  - 100/AGS/61, Interchangeable volume/file structure for broadcasting receivers, Working Draft
  - 100/AGS/65, Possible new technical areas on "Video server systems"
が日本から提出され, 次の確認が行われた。

このAGS会議の直後の管理諮問委員会(AGM: Advisory Group on Management)会議(Firenze)で, サーバシステムの新TA設立は, 100/399/CDVと100/422/NPの投票が終わった後のAGM会議で審議することとし, その新TAができるまでの間, 100/399/CDVはTC100直下のプロジェクトとすることが決まった。

2002年4月のAGM会議(Tokyo)の前までにNP (Interchangeable volume/file structure adaptation for broadcasting receivers)が配布されて投票が終了し, 表2に示すプロジェクトが立ち上がった。

表2 TA8設立時(2002年4月)のホームサーバシステム関連プロジェクト

Doc(/PT) Title Voting Result of the voting Status
IEC 62291 TR Multimedia data storage - Application Program Interface for UDF based File Systems 100/399/CDV(DTR), 2001-07 100/455/RVC, 2002-01 Waiting for publication TR
IEC 62318 TS
(/PT 62318)
Multimedia systems and equipment - Multimedia home server - Home server conceptual model 100/422/NP, 2001-09 100/454/RVN, 2002-01 Next step CD (2002-06)
IEC 62328
(/PT 62328)
Multimedia systems and equipment - Multimedia home server - Interchangeable volume/file structure adaptation for broadcasting receivers 100/447/NP, 2001-11 100/483/RVN, 2002-03 Next step CD (2002-07)

2002年4月のAGM会議に新TAの設立提案[7]が提出され, その内容に従ってサーバシステムの新TAがTA8として設立されることになった。そのとき, 新TAM(Technical Area Manager), TC100 Secretariat, およびAGS Chairの3者による打合せによって,TS(Technical Secretary)が指名された。

3.2 TA10: マルチメディア電子出版および電子ブック

日本はe-book/e-publishingを扱う新TAの必要性を,AGSでの議論の中で各国に打診し,合意への背景作りを行ってきた。まずe-publishing/e-bookのトピックが2003年11月に日本から提案され[8],以降数年間のAGSにおいて,この課題が取り上げられ,幾つかのNPの提出が推奨された。

この日本からの提案文書は,それまで国内で幾度となく繰り返されたe-publishing/e-bookに関する標準化活動への反省と国際標準化活動に対する期待に基づいている。

(1) TC100での動き

2005年5月のAGS会議において,当時すでにe-bookに関連してTC100直下で活動を行っていた二つのプロジェクト(PT 62448, PT 62448)を含めて,"Multimedia e-publishing and e-book"を対象とするTAの設立についての議論[9]が開始された。これらのプロジェクトは,いずれも日本からの提案に基づき,AGSでの議論の後TC00に提案されたNPが承認されて成立し,その活動が進行していた。つまりAGSにおける新TA設立議論の根拠となり,TA10成立後の最初のTA10傘下のプロジェクトとなった。

そのAGSでの議論をふまえて,日本は新TAの設立提案[10]を2006年5月のAGM会議に提出した。設立提案は承認され,TA10が設立されたてその活動を開始した。

表3 TA10設立時(2006年5月)のマルチメディア電子出版/電子ブック関連プロジェクト

Doc(/PT) Title Voting Result of the voting Status
IEC 62229 TS
(/PT 62229)
Multimedia systems and equipment - Multimedia e-publishing and e-books - Conceptual model for multimedia e-publishing 100/864/NP, 2004-10

100/1042/DTS, 2005-11
100/930/RVN, 2005-02

100/1088/RVC, 2006-05


Waiting for publication TS
IEC 62448
(/PT 62448)
Multimedia systems and equipment - Multimedia e-publishing and e-books - Generic format for e-publishing, 1st edition 100/AGM/368(NP, TC100 Fast Proc.), 2005-09

100/1090/CDV, 2006-04
100(San Jose/AGM)15 (Approved), 2005-09


CDV circulation

(2) 国内での対応

JEITAはTC100におけるe-book/e-publishingの活動の意義を考慮して,2005年からE-book標準化グループの設立に向けて準備を開始し,2005年8月にはE-book標準化グループの第1回委員会を開催して,主査, 副主査としてそれぞれ植村八潮(東京電機大学), 小町を指名した。

E-book標準化グループは,毎月委員会を開催して, - 新TAの提案 - PT 62229の推進 - PT 62448の推進 を行うと共に,TA10成立の後はTA10の国内対応組織として活動を続けている。

4. 最近の新規分野

AGSで最近議論された主な新規分野の課題を示す。これらの多くの課題に関して,日本のAVISからの寄与は極めて大きい。

付録1 PACT Reportの概要

PACTは, 今後のIECの標準化活動を検討するに際して, ネットワーク化社会の普及を考慮し, 次の課題に着目した。

つまり, 実世界とサイバー世界とを融合するための技術への要求があることを認識して, 次の二つのネットワークサービスを検討することの必要性を明らかにした。 さらに8分野の標準化課題候補を抽出して, IECに対して次の勧告を行っている。 この勧告は, PACT Repotの冒頭にある概要と結びの提言とに示され, オントロジ技術をIECで標準化することが強調されている。

付録2 Response to the PACT Reportの概要

TC100は, 次の内容を標準化するために新TAを設立することが望ましい。

(1) 利用者マニュアル(文書構造, 用語, ナビゲーション, ウィザード)に関する共通指針
多くの文化圏で使えるヒューマンインタフェースを標準化することは複雑であるので, この指針は, サイバー世界のマルチメディアに対するヒューマンインタフェースの地域規格, 国内規格または国際規格を作るためのTS(技術規定)であることが望ましい。既に多くの記述的な解決, 規定およびアプローチがあり, このTSは, それらを指示したり参照するものになる。
(2) 局所的所在検出の規格
局所的所在を検出(受動的または能動的)するための個人データ集合を含むハンドヘルド個人デバイスを対象とする規格を開発することが望ましい。
(3) プライバシ保護とデータセキュリティに関するTS
バイオメトリクデータおよび個人履歴データと組合わせたセキュアトークンを用いた認可によってセキュリティ, プライバシ, 個人データ保護を扱う。TR(技術報告)またはTSは, 国内法規による固有の要件に配慮する必要がある。
(4) オントロジの語彙およびセマンティクスに関する規格
オントロジの語彙およびセマンティクスに関する規格は, 利用者マニュアルなどを作るためのオントロジライブラリを作成するのに利用できる。
既存の国際的な語彙およびセマンティクスの規格が利用可能であれば, それを基礎とする。用語が技術固有であれば, 国ごとの違いと技術応用とに配慮が必要である。
(5) 資源の識別と分類に関するTR
TC100が扱う機器に関連する資源の識別と分類についての概要を作成する。それは, 多くの値をもつデータ要素のデータ集合を含む。特徴的な資源の部品, 資源の応用およびサービス特性, 並びに利用種別を扱う。
(6) 多くのホームネットワークに対する共通ヒューマンインタフェースの規格
Hyperlan, WiHi, ZigBee, Bluetooth, PLCなどの多くの異種ネットワークに依存しない共通ヒューマンインタフェースを標準化する。それに際しては, OSGi(Open Services Gateway Initiative)が規定するような, 局所的なネットワークとデバイスへの管理サービスの開放形ネットワーク配送を考慮する。
(7) 対話的受信資源への対応付け応用シナリオ
受信資源に対する応用シナリオの対応付けについては, 必要なヒューマンインタフェースを識別するために, 応用とその内容とを記述し分類する方法を標準化する必要がある。

文献

 [1] 小町祐史: IEC/ISO/ITUマルチメディアオープンセション動向, 画像電子学会第3回メディア統合技術研究会, MT3-S4-6, 1994-10
 [2] 小町祐史: マルチメディアデータ構造と情報家電, 画像電子学会誌, Vol.29, No.1, 2000-01
 [3] 栗原,竹内: 21世紀標準学,日本規格協会,2001-06
 [4] 柴田明一: IECにおけるマルチメディア標準化の動向 - TC100の動き,画像電子学会第5回メディア統合技術研究会,1995-09
 [5] IEC/TC100/AGS/63, Final report of the project on Human interfaces in Multimedia network Era, 2000-10
 [6] IEC/TC100/AGS/111, Response to the PACT Report, 2003-03
 [7] 100/AGM/199, New TA proposal, Multimedia home server systems, 2002-04
 [8] 100/AGS/114, Overview of e-publishing and e-books and their requirements for international standardization, 2003-11
 [9] 100/AGS/183, Expected new TAs for new projects at hand, 2005-05
[10] 100/AGM/416, New TA proposal, Multimedia e-publishing and e-book, 2006-05