ネコとIT

松下電送システム   小町 祐史


1. ネコはどうしている?

我輩はネコの飼い主である。しかも夫婦で家を空けることが多い。そのことを知っている方々から, 「留守の間, ネコはどうしているの?」 との質問を受けたり, またはいかにも質問したそうな素振りをされることがしばしばある。そこでこの機会を使わせていただき, この疑問にお答えしよう。

答えはベビーシッターならぬキャットシッターの利用である。つまりキャットシッターと呼ばれるペットケアのプロにお願いして, 1日1回留守宅に来てもらい, そこでネコの食事の世話, ネコトイレの掃除, その他のネコ関連サービスを受けるのである。最近のペットブームの影響で, ペットシッターやペットホテルはそれほど珍しい存在ではなく, ペット関連雑誌にそれらの広告をよく見かけるようになった。イヌとは異なり, ネコには自分のテリトリから離れると強く不安を感じる習性があるため, ペットホテルよりもシッターの利用の方が適していると判断して, 数年前からあるキャットシッターさんに留守宅でのネコの世話をお願いしている。

2. キャットシッター

キャットシッターさんの作業内容は, "キャットシッターQ&A"[文献1]に詳しく動画像で紹介されている。(そこに出演しているネコは, 我が家のネコ, キャンディ[文献2]である。) 留守宅のネコの世話を依頼する期間の開始前に, シッターさんにお会いして事前打合せを行い, 世話をお願いするネコのさまざまな特性, 室内のファシリティの使い方, その他の要望事項・注意事項などをお知らせしておく。

依頼期間が始まってからのシッターさんによる毎日の作業の詳細は, シッター報告書として文書化されて保存され, シッター依頼主は帰宅してからそれを読んで, 留守中のネコの状態を克明に知ることができる。この内容は, 例えば食欲があったとか, 書庫の上で寝ていたとかで, ネコの飼い主以外には全くどうでもよいことなのであるが, 留守宅にネコを置いてきている依頼主にとっては重要情報である。

シッターサービスの手続きと内容は, シッターさんによって多少異なるが, 概ね上記のようなものであり, 料金はペットホテルに預ける場合とほぼ同額である。

3. 情報交換

シッター依頼主にとっては, シッター報告書の内容は帰宅後ではなく, 留守にしている時に外出先から, できればその日のうちに知りたいという要求が以前からあった。外出先では早く知ったところで, どう対応できるわけでもないことが多いのであるが, この要求こそはペットの飼い主の気持ちなのである。最近のIT(情報技術)の普及により, この要求がある程度満たされつつある。

つまりシッターさんがパソコンを導入し, 電子メールを利用してシッター報告書を外出先の依頼主に送付して, 依頼主はよほど通信環境の悪い場所に行っている場合でないがぎり, 直ちにそれを読むことができるようになってきている。もちろん, 必要に応じて返信することもできる。

これまでも電話やファクシミリによる連絡は不可能ではなかったが, 時差のある地域への連絡とか外国のホテルのオペレータ経由での連絡となるとやはり何度もお願いするわけにはいかなかった。外出先の依頼主からシッターさんへの連絡となると, さらに困難を伴う。シッターさんは, 1日に何件もの依頼主宅を回るため, 移動中, シッターサービス中などの通信不可能な状態にあることが多いのである。

4. 電子メール

サーバにストアされたメッセージにアクセスする電子メールは, この点でまさにキャットシッターさんとの情報交換に適したメディアと言える。シッターさんは, ひと通りの作業を終えてから報告書を作成し, 依頼主の外出先の状況などを気にせずにそれを送付すればよい。依頼主は, 手の空いた時にそれにアクセスできる。

依頼主は, 事前打ち合わせの時はたいてい出張前の準備のために多忙を極め, 要望事項・注意事項を完全にはシッターさんに伝えきれていなかったことに, 後で気付くものである。そんな場合にも, 出張先からの留守電よりも文書として届けられる電子メールの方が, 指示の伝達は確実であることが多い。

5. ネコにやさしいIT機器

ネコは好奇心の強い動物である。床に新聞を広げて読んでいると, "何を読んでいるの?"と言わんばかりにまさに読んでいる記事の上に乗ってくることは, ネコの生態を扱った本などにしばしば報告されている。最近のネコは, 人がパソコンを操作していると, 画面をのぞきこんできて(図1参照), マウスの上に座り込み, なぜか前足でDelete Keyを押す。

図1 パソコン画面に見入るキャンディ

図2 風呂から上がってファクシミリの上を歩くキャンディ(不細工ではあるが, キーボード上にプロテクションを施してある。)

人が近くいる場合には誤操作に気付いてリカバーできるが, 留守宅でしかもオンライン接続されている機器については, このようなペットによる御操作によって大きな問題が起きる可能性は否定できない。大きな問題にはならなかったが身近な例としては, いつのまにか電話の留守電モードが解除されていたり(図2参照), オンラインではないが, 帰宅してみるとCDプレヤーが音楽を演奏していたりしたことがある。

キャットシッターさんに1日1回留守宅を訪問していただくことは, このようなネコのイタズラにある程度対応できるが, 完全な対策にはなっていない。ペット関連雑誌には, 木製電話カバーなどの商品が紹介されることがあり, やはりその要求があったかと納得させられる。しかし機器の設計者には, 今一歩の工夫が望まれよう。

通信機器の操作性におけるアクセシビリティ[文献3]の問題がクローズアップされ, また幼児による誤操作のプロテクションなどへの要求が提示されて, 機器のユーザインタフェース等の設計に関与されている方々には多くのロードがかかっている。それを承知した上でさらに言わせていただくなら, 今後の特に情報家電機器については, ペットによる誤操作のプロテクションおよびペットに対するプロテクションをも視野に入れたユーザインタフェースの設計が望まれるであろう。

6. 展望

ペット雑誌には, 自動給餌機と呼ばれる装置の広告も掲載されている。設定された時刻になると設定量の食べ物が提供される装置であり, 最近はオンライン接続されて飼い主とペットとの会話サポートまで考慮されたマシンもあるようである。しかしさすがにこのようなマシンまで導入するつもりはない。人が動物との触れ合いを求めてペットを飼うのと同様に, 飼い慣らされたネコは, 人との接触を求めており, その要求は現状のマシンでは満たされない。ITを駆使するキャットシッターさんへのお願いは, まだまだ続きそうである。

文献

[1] 市川麻利, キットシッターQ&A, ビデオ 猫の手帖(猫の手帖社), Vol.3, 1998-07
[2] http://www.y-adagio.com/public/animals/cat/publication/publish.htm
[3] Access Board, Electronic and Information Technology Accessibility Standards, 2000-12, http://www.access-board.gov/sec508/508standards.htm

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松下電送システム株式会社
"A Cat and Information Technology" by Yushi KOMACHI (Matsushita Graphic Communication Systems, Inc.)


小町 祐史 (正会員)

昭45, 早稲田大学理工学部電気通信学科卒。昭51, 同大学院博士課程終了。以来,東京理 科大学講師,東大生産技術研究所助手を経て,現在,松下電送システム(株)に勤務。 ISO/IEC JTC1/SC34およびIEC/TC100のメンバとして, それぞれ文書記述言語,マルチメ ディア機器・システムの国際標準化作業に参加。工博。IEEE,情報処理学会会員。