画像電子学会
The Institute of Image Electronics Engineers of Japan
  年次大会予稿
Proceedings of the Meida Computing Conference

携帯電話内蔵カメラの撮影表示の検討
Taking-a-picture indication for a camera in mobile phone

若松 梓               小町 祐史
Azusa WAKAMATSU    and     Yushi KOMACHI

大阪工業大学情報科学部    Faculty of Information Science and Technology, Osaka Institute of Technology

E-mail: †m1m10a37@st.oit.ac.jp, ‡komachi@y-adagio.com

1. はじめに

撮影機材(デジタルカメラ,ビデオレコーダなど)の技術的な発達によって,誰もがいつでもどこでも簡便に高画質の撮影を行える環境が提供されるようになり,盗撮に対する技術的歯止めがなくなった。その結果,盗撮事件が増加し,その手口は巧妙になっている[1]。

盗撮事件件数の増加が社会的に問題となり[2][3],法的には条例等によって厳しく規制されることになったが,それでも盗撮事件の報道は後を絶たない。それだけでなく,二次的な事件
・盗撮犯に対する強請り,脅し事件
・カメラをもっていただけで,盗撮と間違われる事件
なども報告されている。

その結果,小型カメラは携帯しない,購入しない,カメラ機能付き携帯電話(ケータイ)は購入しない,などの傾向が利用者に現れて,カメラ市場やケータイ市場への影響も出はじめている[4]。こうなると,盗撮は単なる変質的傾向のある人の問題として片付けることはできず,業界として,または技術者として何らかの対応策が必要である[5]。そこで,ここでは撮影を積極的に知らせる撮影表示をとりあげて,聴覚的表示信号(撮影音)[6]と言葉による表示信号(撮影メッセージ)とについて,検討を行う。

2. 内蔵カメラの撮影表示の自主規制

ケータイに内蔵されるカメラ機能については,カメラ機能付きケータイが市場に出た当初から撮影時に音を出す機能が装備されていた。その主目的は銀塩カメラの撮影感触の継承であった[7]。その後,撮影表示機能は盗撮等に対処するための業界の自主規制としてキャリアからケータイ端末メーカに仕様が提示され,それに基づいた製品が提供されている。

その自主規制の仕様は概ね次のようになっている[8]。

この仕様は公開されてなく,しかもシャッター音(以降,一般化して撮影音)の大きさや端末内に保存されているメロディの内容(波形など)についての具体的な規定はなく[8],既に多様な撮影音がケータイに実装されている[9]。そのため,撮影音が鳴動してもそれを撮影音として識別できないことが問題となっている[10]。この問題はテレビでも報道[11][12]された。

3. 撮影表示仕様として規定する項目

撮影表示仕様として規定する項目を検討するに当たり,アラームに関する国際規格IEC 60601-1-8[13]を参考にする。

静止画の撮影については,撮影の直前,撮影の瞬間,および撮影の直後に関して, 動画の撮影については,撮影開始の直前,撮影開始,撮影中,撮影終了,および撮影終了の直後に関して,少なくとも次のような撮影表示項目についての規定が望まれる。

1. Visual alarm signals (視覚的表示信号)
1.1 General
フラッシュとは別に撮影表示としての視覚的信号による表示が望まれる。特に動画の撮影にはオーディオ記録が伴うことがほとんどであるため,視覚的信号による撮影中表示が必須である。
1.2 Characteristics of alarm indicator lights
次のような表示特性を用いて,撮影の各ステップおよびその他の撮影関連表示を区別して示すことが望ましい。
- colour
- flashing frequency
- duty cycles

2. Auditory alarm signals (聴覚的表示信号,撮影音)

2.1 General
静止画については,撮影の瞬間を示すシャッター音に加えて,その前後についても聴覚的信号表示があり得る。動画の撮影に対しては,聴覚的信号表示が可能であり,従来から撮影開始時,撮影終了時には何らかの聴覚的信号表示が行われてきた。誰もが動画撮影の開始・終了を示す音であることを容易に認識できる音でなければならず,静止画撮影時の撮影音とは異なる音であることが望ましい。
2.2 Characteristics of auditory alarm signals
次のような表示特性を用いて,撮影の各ステップおよびその他の撮影関連表示を区別して示すことが望ましい。
- wave form: 誰もが撮影を示す音であることを容易に認識できる音でなければならない。
- delay and duration: 撮影の瞬間に対して正負の遅延と継続時間とを指定する。
- volume: 雑踏の中ではシャッター音が聞こえないことがあるため,周囲の雑音レベルに応じて音量が変化することが望ましい。

3. Verbal alarm signals (言葉による表示信号, 撮影メッセージ)

3.1 General
補助的な扱いではあるが,言葉による通知があると,撮影表示の意味をさらに明確にすることができる。
3.2 Characteristics of verbal alarm signals
次のような表示特性とともに,どのようなメッセージで表現するかを指定する。
- language
- volume
- 声の高さ,性別

4. 撮影音に関する実験的検討
4.1 撮影音に求められる条件

撮影音の内容・種類(wave form)の要件である,"誰もが撮影を示す音であることを容易に認識できる音"は,次の条件を満たすことが望ましい。

このような音がどういうものであるかを調べるために,シンセサイザを用いて幾つかのサンプル音を生成し,それらを雑音環境の中で聞き取る実験を行い,撮影音の評価を行った。

4.2 サンプル音の生成と評価方法

サンプル音の生成には,簡単な操作で多様な音を生成できるシンセサイザ"Baseline"[14]を用いた。

作成した数多くの撮影音サンプルから,サンプル単独での聞き取りによって4.1の条件に適合し易いと判断された静止画撮影音4サンプルと動画撮影音4サンプル(表1)を選び,それらを人の声を含む市街・交通機関の雑音環境の中で再生して,聞き取り易さを調べた。静止画撮影音サンプルは,撮影の瞬間を含む1継続時間(duration)から成り,動画撮影音サンプルは,動画撮影の開始および終了を示す2継続時間から成る。

人の声を含む市街・交通機関の雑音環境としては,実際の市街・交通機関の複数箇所であらかじめ収録された雑音(表2)を研究室内で再生し,各撮影音サンプルの再生音と音場で合成した。そのような環境に,複数人の被験者(10歳代女性2名,20歳代女性2名,20歳代男性2名,60歳代男性1名)を配置して,各撮影音サンプルの聞き取り易さの回答票への記入によって,撮影音の聞き取り易さの5段階相対評価を求めた。


表1 撮影音サンプル

静止画撮影音動画撮影音
サンプル3サンプル5
サンプル4サンプル5SIN
サンプル8サンプルf
サンプル9サンプルfSIN

          


表2 市街・交通機関の雑音

収録場所
デパート
交差点
バス
電車

4.3 聞き取り易さの評価結果

静止画撮影音および動画撮影音に関する聞き取り易さの評価結果を,図1のそれぞれ(a)および(b)に示す。

撮影音サンプルはいずれも低音と高音との組合せで構成される。静止画撮影音に関しては,サンプル9が最も高い音を含み,サンプル8は低い音の成分を多く含む。サンプル3, 4に比べてサンプル8, 9の継続時間が短く設定されているが,サンプル8と9の評価値の差が大きく,聞き取り易さの評価結果には継続時間よりも,周波数成分が大きく影響している。動画撮影音についも,高い周波数成分の多いサンプル5の評価値が高い。

雑音環境に着目すると,バスの中での評価値が特に低い。デパートにおいては,レジの音,BGM,人の声によって撮影音がマスクされ易く,駅では電車の到着,構内アナウンスによって,交差点では車の接近によって,バス・電車の中では車内アナウンス,人の話し声,扉の開閉音などによって,撮影音がマスクされる。

(a) 静止画撮影音 (b) 動画撮影音

図1 聞き取り易さの評価結果

表価値の高いサンプル9と表価値の低いサンプル8について,スペクトル分析の結果を図2に示す。

(a) サンプル9 (b) サンプル8

図2 サンプル音のスペクトル分析結果

5. 撮影メッセージ

撮影メッセージとしては,次のようなものが考えられ,その幾つかは実際に使われている。

静止画撮影時(撮影の直前,瞬間,または直後)
(1)ハイチーズ,カシャッ (2)写真撮るよ (3)さん,に,いち,カシャッ (4)アクション,カシャッ (5)撮ったのかよ (6)こっち見て
動画撮影開始時
(1)スタート (2)撮影スタート (3)アクション (4)撮りまーす (5)ムービースタート (6)よーいスタート
動画撮影終了時
(1)ストップ (2)撮影ストップ (3)ハイOK (4)終わりまーす (5)カット (6)撮影カット

6. むすび

自主規制に委ねられている撮影表示を見直して,多くの人がケータイに内蔵されたカメラの撮影表示であることを識別できる撮影表示として規定する項目を検討した。静止画の撮影と動画の撮影に際して表示される撮影音の内容・種類(wave form)の要件である,"誰もが撮影を示す音であることを容易に認識できる音"とはどういう音であるかについて,シンセサイザで生成した撮影音サンプルについて,市街・交通機関の雑音環境での聞き取り易さを調査した。

撮影メッセージについては,実際の聞き取り易さの調査はまだ行っていない。視覚的表示信号とともに今後の課題として残している。

カメラの撮影表示であることを識別できる撮影表示として機器が備えるべき表示仕様を周知させ,広く公開するためには,標準化の手続きが望まれる。海外でも使用できるケータイの増加を考慮すると,内蔵カメラの撮影表示については国際標準化をも視野に入れた検討が必要である。

文献